バラナシ7・謎の炎で高揚

ガイドブックによるとあれはプージャと呼ばれる儀式らしい(プージャGHの名前はここからとっていたんだな)。全工程が終わったようで、ステージのあったダシャーシュワメート・ガートに集まった人々は三々五々に散らばっていった。




バラナシの夜は暗い。街の顔と言うべきガンガー沿いのこの辺りでさえ、店や寺院の光はあるけれど街灯の数が少ない。遠くのガートになるほどそれは顕著で、街が一気に眠りについたような錯覚を受ける。






「ねえ…あれ何かしら……?」

yuiが遠くを指差す。…ん、確かに…。



ダシャーシュワメード・ガートからガンガーを見て、ずっと左側。暗い帳が下ろされた遠くのガートに小さな…いやあの距離からすると逆に結構でかい?焚き火のようなものが見える。その炎は暗闇の中あまりにも煌々と燃え盛っていたから、俺等三人は一体あれは何なのかと突き止めたくなった。

一つ、また一つと名前の違うガートを越えて、炎は次第に近づいてくる。「なんかでかい焚き火が見えたから見に行ってみる」。明確な目的というものはないものの、よくわからんものの為に行動するというのはなんと好奇心をそそられるものか。



とあるガートを通る時、寺院のすぐ前を通らなければならない場所がある。屋根の下、暗く細い通路のようになっているそこ。少し高い位置に縦長の窓があり、寺院の明かりがもれ出す。
中で何かを燃やしているのか、ごうごうという爆ぜるような音が聞こえ、光が伸び縮みする。窓の一つに脚を投げ出しながら座っているシーク教徒のようなターバンを巻いた男が、経典かなにか、分厚い本を読みながら、通り行く俺等にうろんそうに視線をやっては、無表情に本に戻す。
東京ディズニーランドカリブの海賊。海賊の横行する夜の街で観客に怪しげな視線を投げる男、そんなシーンを思い出した。ちなみに俺はカリブの海賊の、海賊ドクロと金貨の山が飾られているエリアで船から手を伸ばし金貨をくすねようとしたことがある。あれ接着剤で固まってて取れないんだよこれが。





まあそんな事はともかく、なにやら声を出してはいけない雰囲気のような気がして俺は無言で歩いていたが、その時実は死ぬほど気分は高揚していた。プージャ、謎の炎、寺院の怪しげな空気…その一つ一つが俺の好奇心を掻き立てるように用意された舞台装置かのようだった。
あの炎の場所には何があるのか、俺はデートの日に今日女の子の服を脱がせられるのか、られないのか、そんな事を考えていたら服が透けた女の子の裸を想像してしまった!という時よりもドキドキしていたかもしれない。






                       ※





件の炎が燃えているガートまであとガート一つ分ほど。ついに謎はその正体を明らかにした。闇に紛れた黒々としたすすけた建物の前に太い薪を積んで、そこに炎が立ち上っている。燃えているのは布にくるまれた、何か。






……やっとわかった。そうか、あそこが 『死者のガート』 なのだ。





バラナシには死者を火葬する為のガートがあるという。バラナシに来る前に知識として頭に入れておいたが、今の今まで忘れていた。俺達は顔を見合わせて更に近づこうとする。

と、闇に紛れて暗い服を着たインド人が2、いや3人近づいてきた。


「アナタ火葬場に興味アル?わたし案内しますヨ〜」



はは〜ん。その時には俺ももうこのガートの色々な事を思い出していた。火葬場の周りにはガイドと称して声をかけてきて、ガイド料をふんだくろうとする輩が出没すると聞く(しかもそいつらは火葬場となんの関係もない)。

3人の男達はニヤニヤしながら、遠巻きにじりじりと俺等3人に近づいてこようとしていた。周囲は暗く、人気が少ない。うっわー何か危なげな雰囲気!!『ガイド?いらね〜よ!』と追っ払えばいいだけなのかもしれないが、何しろfannyとyuiがいる。



俺は彼女らに特に女を感じてなかったから、別に騎士を気取る気はない。んが、3人の戦力分析をした結果、何回考えても平穏無事にここを立ち去るには、消去法でいくとやっぱり俺が頑張るしかなかった。おーしゃッ!ひさびに俺のフリッカージャブ見せたろーじゃねーか!シュシュッ!(歯の間からいかにも速そうな音を出すのがコツ。少なくとも自分だけは高速ジャブ撃ってる気分になれる)


『失せろや。テメーらのガイドはいらねーよ。うおっ近づいてくんなっ!』 近づいてこようとする男達を押し止めようと手をシッシッと払う。何もしてこないかもしれないが、何か起こってからでは当然遅い。





『くっそ…こいつら何だか危なそうな奴等だなぁ。とりあえず今夜は帰った方がいいかも?』



彼女らにそう告げ、背中を押してUターンさせる。「待ってよ〜、イイじゃなーい」と、馴れ馴れしく追いすがり、腕を掴むインド人。当然振り払う。あ〜インド人の客引きの面倒臭さったらマジないわー!100mは追いかけてきただろうか、ようやっと諦めた奴等。しっかし腹立つな〜。あいつらさえ寄ってこなけりゃ火葬場の見学ができたのに…。



ホテルの方のガートに戻りながら、チラチラと火葬場のガートを見やる。俺は今日の夜の事を思い返していた。プージャはインパクトがあったものの、近くでは見る事ができなかった。火葬場は近くにまで行ったのにインド人にからまれて引き返した。結局どちらも中途半端になってしまった感は否めない。


だが、さっき感じた高揚感は冷めやらなかった。インド人と一触即発のにらみ合いをしたからではなく、純粋な旅の楽しさ。次から次へとイベントが用意されているこの街に、俺は魅せられ始めていた。



8に続く。