バラナシ13・死者のガート 〜クロオ



(ガンジス河のガート)



クソまずい日本食を食べ終えた俺等は昨晩通った道を再び歩き始めた。そう、明るく危険の少ないうちに死者のガートを再見学しようと思ったのだ。最も賑わいのあるダーシュワメード・ガートを離れてゆくに従い通行人は少なくなるが、なんといっても日の明るいうちなら特別心配はいらない。大きな焚き火を頼りに歩いていた昨日とは全然緊張感に違いがあった。








マニカルニカ・ガート!





死者のガートはその名前がつけられている。
昨日は闇に隠れてわかりづらかったが、その火葬場の建物は灰ですすけたのか、黒ずんでいた。
何をかぎつけただろうか、小さな黒鳥が五十匹くらいガートの上をイヤな鳴き声をあげながら旋回している。その様は昔の漫画やRPGのような、ラスボスの魔王の居城の様を思わせた。


昨日から燃え続けていたであろう大きな焚き火に布で包まれた遺体がくべられて、薪と一緒に灰になっていく。その脇には次に焼く予定の遺体が転がっている。俺等三人が脚を踏み入れても何を言うわけでなく、ガートで働く人達は淡々と作業をこなしていた。


「ここのガートは遺体を焼いているガートでスー。ここで焼かれた人は死後その魂ガ…」


はい、やっぱり来たニセガイド。30歳くらいのインド人の男が脇に来て説明をしだす。俺等は彼が話す事を聞くとはなしに聞いていた。俺等の後をしつこく追いまわすガイド。『そろそろ帰ろうか』 一通り見終わってそうしようかと思ったところで、ガイドが


「ハイ、それではここで焼かれる遺体が成仏できるように薪代を600ルピー払ってください!」


と言い出した。無視。はい、思いっきり無視!!
俺等はこの頃インド人の客引きを無視することに慣れ始めていた。背中で「お前等この金を払わなかったら地獄に落ちるぞ!地獄の業火に焼かれてしまえ!!」というインド人の叫びが聞こえた。



                         ※



ダシャーシュワメード・ロードに戻ろうとしたところで、二人のインド人に声をかけられた。十代後半の、若い、体の細いナヨッとした男だった。黒い服を着たそいつは、「コニチハー!」というと俺にツツと寄り添ってきた。うお、日本人だってバレてる。もう一人の男がyuiとFennyの方に行く。

「ネーネー、ドコ行くんですかー僕たちと遊びましょうヨ!」


名前を聞くのを忘れてしまったので、便宜上クロオと呼ぶ事にする。たれ目に薄ら笑いの張り付いたそいつは、やっぱり流暢な日本語で話しかけてきた。



「ネーネーネー、あの娘達、アナタの彼女ですカ!?」

『いや全然違う。一緒に旅行してるだけの香港人だよ』

「オオオ!いーねー。よしアナタ、彼女らと僕達で飲みに行こうよ。いい店知ってるヨ!」

『ご飯食べたばっかだしいいよ。これから観光したいし』


ハッハッハ、なら夜に行こうよ!と、俺の背中に手を回してyuiらと距離をとり、ヒソヒソ話をしてくる。クロオ。何したいんだコイツ?「イイですかアナタ!僕にいい考えアリマス!」何だよいきなりw 「あの娘達、酒飲ます。酔わせル。あとはお持ち帰りスル!ダイジョーブあなたにもどっちか分けるw おいしーヨ!!w」


ダッハッハw そういう事か。インド人はヒンドゥー教の教えもあり、表立ってインド女性をナンパしたり引っ掛けたりするのは難しいのだと言う。しかし若いインド人は女の子ともっと遊びたい…そこで矛先が日本人や、外国人…とりわけアジア人女性旅行者に向くのだと言う話を聞いた事がある。
彼等にとっては宗教観など関係なく、後腐れなく遊んでヤれてしまえる女性旅行者は最高のターゲットなのだ。



なんとなく、後ろのFennyとYuiを振り返ってしまう。もう一人のボーズがなんか口説いてる。


バラナシ行きの飛行機で声をかけられた時のことを思い出した。どーー考えてもそういう対象に見えないんだ。この二人は…w いや、俺も男だよ。もし、ありえないが、この二人が篠田麻里子似だったとしよう。そーしたらお父さんだって 『ちょっ、おまw 天才www ナイス作戦ッスww』 とクロオのみぞおちのあたりに肘を押し付けてグリグリするよ!


しかし全くそんな気が1ミクロンもしねーんだよ!なんでかって?理由を教えてあげよう。







Fennyとyuiって、ヒゲ生えてんだぜ…。





いや、それは確かに男みたいなボウボウの濃いのじゃねーよ?でもめっちゃ薄い産毛ってほどでもないんだよこれがw 1m先から見ても見えるくらいのヒゲなの!
なんで剃んねーんだろって思うんだが…。きっとこれは気にするか気にしないかの国民性だな。香港人女性は多少ヒゲが生えていても気にしないのかもしれない。


モデルをやっているという中国人の大学生にその事を尋ねてみた事がある。さすがにその娘はヒゲ生えていなかった。が、その娘の回答はこうだった。
「どのくらいのヒゲのことをあなたが気にしているかはわからないけれど…中国人や、香港の人は日本人女性より素を大事にするわ。だから日本人女性がかえってメイクとか気にしすぎなんじゃないかって、そう思えるくらい」

いや、そうかもしれないけどさ…俺にはどーーーも気になって気になって仕方がないんだよなぁ…。どー見てもヒゲなんだよなー。なんか俺それ見るとスーーーっと女の子っていう気持ちが抜け落ちてくんだなあ…。クロオ、お前ちゃんと彼女らの口元みたんかよ?





「ねえ何話してんの?」

とか思ってると、Yuiが脇から覗き込んできた。わっビックリした…!


『いやー…なんかコイツがYuiらに酒飲ませてお持ち帰りしたいって』

「えっそんなこと話していたの!?」


「わーーーっ!!」と変な声を出すクロオw 再び俺の肩に腕を回し、yuiと距離を取る。
「アーナータ!どーしてバラすのよーー!これじゃ楽しめないヨっ!」
小声ながらも必死な声で抗議してくるクロオ。あっはっは、その声は確かに悔しさの入り交じった抗議なのだが、こいつの悔しがりかたには軽さ(お持ち帰りナンパ目的なので当たり前だが)とどこかコミカルさがあった。
多分意外と悪い奴じゃないんだろうな、という気がした。

『…まっそういうわけだから諦めろよw』背中をポンと叩いてクロオを慰める。一方ではクロオの仲間もfennyを口説くのを諦めたようだった。

コメディドラマのようにガックシ肩を落として去っていくクロオ達。
…が、こいつらとはこれで終わりではなかった。意外なところでこの後縁があったのである。


(ダシャーシュワメード・ロード)


14に続く。