バラナシ5・写真の罠と人だかり


当然のように水しか出ないシャワーを浴びてさっぱりした俺は、fannyとyuiと再び外に出る時間までに買い物に行く事にした。ジーパンとスニーカーという格好では、水辺のこの街は動きにくすぎる。半パンとサンダルと、それとホテルで使うバスタオルが欲しかった(持っていたミニタオルを使ったが、バスタオルは置いてないホテルも多い)。



(フレンズGH付近の小道。狭い路地に牛がのさばって、たまに塞いだりしている)


空は曇り模様でどんよりとしていたが、雨はいつの間にか上がっていた。

ガンガー沿い裏の商店街のメイン通りともいえるダシャーシュワメード・ロード付近で服を買える店を探す。と、早速店の兄ちゃんに声をかけられた。



インド人の中でも特に色黒な彼は、異様とも言えるくらいに日本語が達者だった。プッシィ(22)と名乗る。
適当に買いたいものをチョイスすると、割と高い。プッシィは適正価格だと言うがインド人のそんな言葉を信じるのはアホだし、他の店も何軒か回ってみるべきだろう。というような事を彼に告げると、「待って待って!」と店の奥から何かをゴソゴソと取り出した。チッなんだよこちとら時間がねーんだぞ。


「アナタ俺のコト信用しないのよくないヨー。大沢たかお(だったかな?ちょっと自信ない)知ってるデショ?俳優の。あの人だってこの店に来たことあるんだかラ」


と、小さなアルバムに入った映画かなんかのポストカードのようなものを見せるプッシィ。おいおい肝心要の店で撮った写真がねーじゃねーかよw 幼稚園児でも0.3秒で見破れる嘘をつかないでくれ。そもそも俺は大沢たかおとやらにまったく興味ねーし。


フーン。あっそw、と鼻をホジホジしながら聞いてると。






長澤まさみも来たヨ。【ガンジス河でバタフライ】知ってるでしょ?」



『ブ!あだだッ!!え、マジか!!!!??』

あやうく鼻が人差し指を突き破りそうになった。その番組は俺も見たことがある!何年か前にTVスペシャルでやってたインド旅行の番組。長澤まさみが最後にガンジス河で泳ぐやつだ。あれは面白かった。てか俺のインド旅行記のバイブルの一つだし。


『ちょ、おま、マジで?かわいかった??』


「カワイかったよー。彼女は番組の撮影でしばらくの間バラナシに滞在しタ。その時の撮影隊の○○さんという日本人の女性、私の友達ね」


『いやそんなパンピーの話はどうでもいい!ん、んでまさみがこの店に来ましたよと!写真見せてみろっ!!』


いいヨー!と急に自信のある顔つきでニヤニヤしながらアルバムをめくるプッシィ。








『…………………』



彼が示した写真は確かにポストカードではなかった。実際に撮られた写真だった。が、場所が全然この店でない、バラナシの街のどこかな上に超ロングで撮った写真だった…。
【人ごみで近づけず遠くからズームで一応撮れましたー的な追っかけファンの写真】かよ!!コレ見てどうやって店来たって信じろっていうんだよw むせび泣くくらい無理あるだろ!どうしてインド人は、朝起きたら伸びをして顔を洗うというくらい、ごく自然に嘘をつくんだろうか…。







悔しいが時間がマジでなくなってきたので仕方なく少し値切って商品を買ってしまう。


「ドラッグは?女も用意できるヨ〜」などとのたまうプッシィ。『いらん!』と一蹴したが、彼と店で話をしている間に他の店から、外から数人の若者が入れ替わり立ち代り現れては、それらに何かの指示を出すのだ。雰囲気からするとこの辺りの店番をしている連中を仕切っているようにも見える。
学校に行ってる…というわけでもなさそうなくせに不気味なくらい日本語は達者だし、一体何者だコイツ…。




推測になるが、大沢たかおとやらや、長澤まさみがバラナシに来てロケをしたという噂は、当時電撃的にバラナシで商売をする者達の間に広まったのだろう。そして商魂したたかなインド人達は、それをどうにかして商売に利用できないかと考えた。

彼等はロングでもいいからとにかく長澤まさみらの写真を撮り、自店に来たことにする。確かに写真を見れば嘘はすぐにバレてしまうのだろうが、そんなのは話のとっかかりなのだ。現に俺は長澤まさみの話が出た途端に少し引き込まれてしまったわけだし。ま、その推測が当たらずとも遠からずだった事は他の店を回ったときにわかることになるのだけど。




                      ※



GHに帰りfannyらと合流した俺は再び街へ繰り出した。




とりあえず探索してみようという事になったのだ。雨が上がったせいかガートには人がさっきまでより出てきていた。
風が強く吹き付けてくる。河岸にいくつもの旗が立てられていて、煽られてバタバタとたなびく。どこからともなく響き渡る、寺院かなにかのけたたましい鐘の音。すれ違いざまに声をかけてくる物売りの声。
ガートには腰布一丁で沐浴をしている人が大勢いて、彼等はとてもきれいそうでないこの河に、頭までざぶんとつかる。それを幾度も繰り返す。河の中ほどに目を見やると、何百メートルはあろうかというガンジス河の真ん中辺りまで泳いでる者もいる。オイあんなところまで泳いでいって大丈夫かよ…。



と、ダシャーシュワメード・ロードからガートに出た辺りに人だかりができているのを発見する。彼等が腰を下ろしている席の前にはステージのようなもの。
なんだろ?何か始まるのかな?俺等はそのガートを中心に少し左右に街を探索しながら、再びその場所へと戻っていった。





陽が、暮れようとしていた。



6へ続く。