バラナシ12・蹴りたい背中 b



3人が注文をして10分ほどした頃、ウェイターがまずFannyの料理を運んできた。



『………………』 「………………」



3人ともがそれを凝視して息を呑む。彼女が頼んだイスラエル料理だかというそれは、バナナのようにカーブのある、巨大な春巻きともいえるようなものだった。




…とにかくやけにデカい。直径30cmくらいはある皮で中身を包んでいるのだろうが、中央部分に比べ先端が細くなっていくそれは、山の中の大蛇とも、道端に落ちる野○そとも見えた。要するに見た目が徹底的にイケてない。

目の前にきたものが信じられないようなゲンナリとした顔をしてFannyが恐る恐る蛇にフォークを突き立てる。パリッという音を立てて衣が割れ、中の野菜と肉がみえる。これを横に添えたサルサソースのようなものにつけて食べるようだ。

パクリと口にするFanny。罰ゲームをさせられたような顔に落胆の色がありありと見えた…。以後決して蛇にはフォークを突き立てることをせず、サルサソースだけを黙々と食べる彼女。




プッw

あ〜あ〜これはやっちまいましたなFannyさんはww



たまにいるのである。
へそ曲がりと言うか、好奇心旺盛というか…みんなで店に行った時、人気のある無難な料理を頼めばよいものを、わざわざ一人イロモノメニュー(そして激しくまずい)を注文してしまう逆勇者がw


いや俺も気持ちはわかるよ?俺だってあえて変なメニュー頼んでしまう時はあるし。日常ならたまに冒険してみたくなる時もあるってもんだ。ところがどっこい今は日常じゃなかった!三食全てがカレー味というカレーにトラウマができそうな状況の中なわけだよ(ちなみに帰国後Yuiは半年以上カレーというものに手を出す気力が沸かなかったらしい)。


この中の三人全てに平等に好きな料理を選ぶ余地はあり、俺とYui日本食を頼み、Fannyは得体の知れぬイスラエル料理を自分で選択した。そこに残念な事に同情できる余地はなかったw すまんFanny、俺等だけ美味しい日本食食べる事になって。ついでに言うと俺は店の食い物シェアするの嫌いだから、一口もあげられないからw





という様なことを心の中で思っていると、満を持してシヴァが俺とYuiの料理を運んできた!!待ってたよ!!


シヴァは例のドヤ顔を浮かべながら、両手に一皿ずつ持った皿を俺等の目の前に置く。く〜やっと日本食が食えるんだぁぁああ!!




コトッ…。


Yuiの親子丼)



コトッ…。


(俺のカツ丼)










……ゴクリ…。





美味しそうでそうなったわけではなく、目の前に出てきた料理の、想像を軽く突き抜けてゆく見た目に唾を飲み込んだのを覚えている。
同時に、対面のYuiの「…何これVES…こんなまずそうな物体Xがあなたの国の料理なの…?これがあなたのオススメなの…」という視線が俺に突き刺さったのもよく覚えている。ち、違うんだYui!本物の親子丼とかカツ丼ってもっともっとうまそうで、いい匂いがするんだよぉぉぉおお!




何がまずいって、まずいのが見た目でもうわかるのがまずい。これ絶対まずいでしょこれ。どー見ても。何いってるかわからねーと思うがとにかく俺は動揺しまくっていた。



Yuiの親子丼は丼ではなく平皿に盛られていて、玉ねぎとちれぢれになった卵らしき物体がライスの上に乗っかっていた。親子丼のキモであるはずの鶏肉がどこにあるのか目視できない(まさか入ってないってことないと思うが、とにかく見えねえ)。卵で全然とじられてなくって、だらしなく盛られた玉ねぎが、スーファミのFF4のフースーヤが戦闘不能になった時みたいになっちゃっていた。



俺の方のカツ丼は丼に盛られてたものの、やはり玉ねぎが絶対的に主張しまくっていて、下の方に申し訳程度にダイス状にカットされたカツが見える。だがこのカツがどう見ても揚げすぎで、ハッキリいって黒い…。



「ドーゾドーゾw」



俺等の隣のテーブルに脚を組んで腰掛けるシヴァ。ドーゾじゃねーぞマジで…。



一口食べてみる。…げえっ!しくしく…やっぱりクソまずい。醤油と砂糖の味しかしない。この料理にはダシの味というものが決定的に抜け落ちていた。親子丼も多分そんなような味なのだと思う。口に運んだYuiが顔をしかめる。俺はもう前を見ながら食べる事ができなくなっていた。


テーブルの上に冗談のようなカツ丼(らしきもの)、目の前に眉毛を下げながら敗戦処理のように親子丼を口に運ぶ香港女子、隣のテーブルにはそれを「うまいっしょ?w」と自信満々の目で見つめるシヴァ。



新手の罰ゲームなんだろうかこれは…。



俺にはシヴァがこんなものを俺に出してどーして自信満々なのかが全くといっていいほど理解できなかった。だって神戸に二年間いたんだろう。親子丼もカツ丼も食べる機会はあったはずだ。ってか二年いたら絶対何回かは食べただろ。それとこれとが同じ料理に見えると言うんだろうか。




シヴァ、一言だけ言っといてやるよ。日本の醤油仕入れたとかドヤ顔でいってねーで、日本人の友達とやらにすぐこう連絡しろ。「醤油じゃなくてそばつゆ送ってくださいって」!それで最低限マシになるから!!お前は和食に必要なダシというものを全く理解できていないっ!!













死んだ魚のような目になりつつ、俺は一応完食した…。食べ物を残すのは好きじゃない。しかし何度も心が折れそうになるマズさだった。Yuiは1/3程度しか食べていない。だろうな…。ごめんよYui






食事を終えた後しばらくシヴァと話していると、



長澤まさみがロケに来た時、この店にもきまシタ」


などと言い出した。プッシィも言っていたバラナシのインド人の常套句だ。ハイハイって感じなのだが、シヴァはプッシィよりも更に驚きのこんなことを言うのである。



「店に来たドコロじゃない。僕は”ガンジス河でバタフライ”のラストシーン、長澤まさみが河で泳いだ時に一緒に泳いだよ!」

…え?マジ…?ガンジス河でバタフライのラストシーン…一人で泳いでたんだっけ、誰かと泳いでたんだっけ…。確か…




『……あ、あーーー!ハイハイハイ!確かに誰かインド人と泳いでた…ような気がする!ウッソマジ!?俺帰ったら速攻ドラマ見直すわ!!』



「フフン!ハイ、どうゾ!」再びドヤ顔のシヴァ。




                       ※




いやいやいやいや、ハッキリいって料理は最高にまずかったけど、ガンジス河でバタフライのラストに出演したインド人と知り合いになったとは!こりゃー帰ってから見るのが楽しみだわw シヴァどんな顔してドラマ映ってんだろなー。



これは後の話しになるが、帰国した俺は早速ガンジス河でバタフライをドキドキしながら見直した。そしてラスト、中谷美紀の前で長澤まさみがバタフライをするシーン。
キ、キター!どこだっシヴァは?



『………………』




長澤まさみは最初から最後まで一人で泳いでいた。巻き戻してもう一回見ても、コマ送りで見ても彼女の周りにはインド人は写っていなかった…。




シヴアアアァァ…!さらっと大ウソぶっこきやがって…。

というわけで俺は今でもシヴァのあのドヤ顔を思い返すとムカつくし、背中にガシガシ蹴りを入れたくなるのである。




13に続く。