ジョードプル4・青の街へ〜マハラジャの城と二つのオムレツ屋

インドのような衛生的にイケてない国で腹を壊すと何が困るといえば、やはりトイレである。ホテルや高級レストランならまだしも、庶民的な店や公衆トイレなどは汚そうで行く気にはなれない。ホテルを出て周囲の青の街を探索していたのだが、三十分もするとトイレに行きたくなってホテルに一度戻らなければならなかったので、自然俺の行動範囲はホテルを中心として、いつ何時トイレに行きたくなっても戻れるくらいの距離になっていた。まるでコンパスの円のようだ……。

街からは大体どこからでも、メヘラーンガル城というかつてマハラジャが住んでいたという大きな城塞が見える。この城塞はどっしりとした岩の高台の上にそびえたっていて立派なもので、街一番の観光名所だ。俺はせっかくなのでそこを見に行こうと思った。そこはコンパスの円の距離を超えていたが、あれだけの建物ならば観光客も多く訪れるだろうから綺麗なトイレもあるだろうと考えたのだ。う〜いちいちこんな心配をしなくてはならないのが辛すぎる。。



城塞に向かう途中で並ぶ青い民家の玄関先に子供が二、三人たむろしている。ふと別の民家を見ると二階の窓に腰かけて外を眺めている子供たち。こちらに気づくとハーイ!と手を振ったり笑顔を投げかけてくれる。ジョードプルの街並みは地方のそれらしく、デリーやバラナシなどよりも少し落ち着いた牧歌的な雰囲気が漂っていた。この旅ではインドの人の写真をよく撮っていたけど、子供はやっぱり特に撮るのが面白い。くるくると変わる表情や物珍し気にカメラを眺める子供たち。かと思えば二階のベランダの柵に両手で頬杖をついて、モデルみたいに小首をかしげて写真を撮らせてくれる子供もいる。それらを撮りつつ坂を上ってゆくとメヘラーンガル城に着いた。

この城塞はデリーのレッドフォートとは違い、白に近いクリーム色と薄茶色の石で造られている。石を削った装飾が素晴らしく、内部の部屋も白と金を基調とした、色とりどりの贅を凝らした作りになっていた。
間抜けな顔をしたライオンの装飾のついてる籠やら、曲刀や波型の剣など。様々なものが展示されていた。が、正直言って城塞に入って十五分後には既にそれらに飽きていた。だってどれも同じに見えてくるんだもん。

この城塞で唯一よかったのは丘から見下ろすことができるジョードプルの街並み。
城塞がかなりの高台にあるため、街が一望できるのだ。こんなドでかい豪奢な城に住んでいたという当時のマハラジャは「ほっほっほ。今日も下々の者達はあくせく働いておるのう」などと考えたりしていたのだろうか。俺がマハラジャならそう思う。

景色を見ていると、青の街といっても全ての建物が青いわけではないというのがよくわかった。半分半分くらいの比率で普通の茶色い家々も見える。ただ青い建物が9割を占めるくらいの一角もある。あそこに行って思いっきり写真撮ってみたいもんだ。が、城にいたインド人にあそこら辺は何という地区か。行ってみたいんだけども。と聞いても全然通じなかった。。







やがて城塞の丘から下りた俺は、街の中心地サダルマーケット(広場)へと向かった。
茶色い外壁に囲まれた小さな凱旋門のような立派な入り口をくぐると、向かいの広場中央にマーケットのシンボル時計台が見える。マーケットはお土産から茶葉の店、食器、衣類と何でも揃っていて、街の人達も日用品や食材の買い出しに出ていた。

このジョードプルのある場所をラジャスターン地方というのだが、このあたりの特徴として女性のサリーが派手というのがある。デリーやバラナシなどでも原色や派手な色使いの衣類をよく見かけたが、ラジャスターンではそこに更に細かな柄が加わるといった感じ。例えば食品店の前で物色している五十代くらいのおばちゃんなんかは、スカイブルーの地のサリーにオレンジと黄色の複雑な花の柄。そして上ににもう一枚ピンク、ブルー、イエロー、ペパーミントグリーンの虹のような布を袈裟懸けしている。こんな調子のおばさんやらお婆さんは多く、日本ならオシャレをこじらせたあまり髪の毛をピンクや紫に染めてどーすんだこの婆さんって感じになるのだが、うだるようにクソ暑くカラッと晴れたこの街ではそのド派手なサリーがよく映えていたし、派手ながらもセンス良く配色をまとめたおばさん達には品があった。



ここに来た目的は、一つはインド産の紅茶を買いたかったのともう一つは、お昼ご飯に地球の歩き方に載っている二つの有名な『オムレツ屋』に行きたかったのだ。二つの小さなオムレツ屋は門のすぐ近くに向かい合って営業しており、ライバル関係にあるらしい(笑)
 
ロンリープラネットオムレツショップ』と『チョーハンオムレツショップ』。俺はまず前者の店に行ってみることにした。ロンリープラネットオムレツショップはお菓子やパンなどが大量に積まれたり吊るされていたりして、それだけでなく携帯電話やメモリーカードもありますよといった内容の大量の看板が掲げられている。店の端にケースに並べられた卵が何段も積まれていて、まるで雑貨屋と駄菓子屋をまぜこぜにしたような店だった。
近づくと髪を赤く染めた六十代半ばといったシャツを着た優しそうなおじさんが「やあ」と声をかけてきてくれて、俺はオムレツを注文した。覚えていないけど三十ルピーくらいかな?
すると卵の脇に小さな使い古したコンロが一台あり、そこでおじさんが立ちながら調理してくれる。卵を三つ割り入れ、ピーマンや玉ねぎやトマトなど刻んだ野菜とスパイスを振り入れて手早く丸い卵焼きを作る。いわゆる日本の楕円の形をしたオムレツではなく、見た目お好み焼きという感じ。そしたらそれをカットし、インドでよくある三分の一サイズくらいの小さな食パンの間にはさんでサンドイッチにしてくれるのだ。

『おおーっ!うまそう』と、俺は喉を鳴らしてしまった。
早速かぶりつくと、パンの間のオムレツはふわっとした食感で、味付けはカレーと塩味なもののそこまでカレー味がきつくなく優しくマイルドな味だった。これは今の俺には本当にありがたい味だった。インドのなんでもかんでもカレー味に飽きていたし、お腹の調子もよくなかったのでどぎつい味付けは避けたかったからだ。たまに添えられたケチャップで味を変えつつ、俺はすぐに完食してしまった。うん、これはうまい!


ロンリープラネットのオムレツに満足した俺は、味を比べてみるべく数時間後、今度はチョーハンオムレツショップに足を運んだ。
カウンターの奥に二十代後半くらいの色黒な若い男がいて、男はすぐに日本人?と声をかけてきた。男はヴィッキーという名前で、ここの店主らしい。少し気難しそうな顔だが、笑顔を作ると中々モテそうだなという感じ。似たようなオムレツ屋が二つあるということはどちらかが後からオリジナルのパクリをしたのではないかと思っていたのだが、どうも俺はこっちの若いのが後から真似たのではないかと思った。


「ウチの店は日本人の客が多くてね。みんなこのノートに感想を書いていってくれるんだよ!アナタも書いてくれないかな!?」と、古びたノートを渡してくれるヴィッキー。見ると、「ここのオムレツは本当にうまい!」とか、「ヴィッキーさんは本当にいい人で街のガイドまでしてくれた!」などといった日本人の書き込みがたくさんある。だからここのオムレツ屋はいい店なんだ〜!とはもちろん思えるはずもなく、というよりこういった書き込みを強要されるのは自分としてはあまり好きじゃない。とりあえずはオムレツを実際に食べてみてどうするか決めようかなと思った。

ヴィッキーがオムレツをカウンターの奥で作り始める。おおよそロンリープラネットと同じような流れで作っているが、その途中で店の奥からヴィッキーの弟らしき十代半ばの子供が電話の受話器を持ってやってきて、どうやらヴィッキーに電話がかかってきたらしかった。すると、彼はフライパンにかけられたオムレツを火のついたそのままに、奥に電話をしにいってしまった(笑) おいおい俺のオムレツどーなんの。
弟はカウンターに残っていたのだが、どんどん火の通るオムレツを見て、ヴィッキーがなかなか戻ってこないようなのでとうとう彼がオムレツをひっくり返して調理の続きをしていた。が、どうも動きがぎこちなくて、普段から調理をしているという感じでもなさそうだった。

するとヴィッキーが電話を終えて戻ってきた。フライパンを持っている弟をみると、「お前何勝手にやってんだよ!?」といった目つきで弟を睨む。おお〜ナンパそうな奴だが意外と職人気質なのかもしれん。と一瞬思った。これじゃ客に出せねえよというわけなんだろうか…。んが、ヴィッキーはフライパンのオムレツを数秒眺めた後、何事もなかったかのようにパンにサンドしはじめた。おいいっっ!!それ出すんかいっ!(笑)


そうして出されたオムレツは、見た目ロンリープラネットのとすごく似ていた。まあパクリだからなのかもしれないが、そもそも丸パク商品を相手の目と鼻の先で売るというのはなかなかすごい話だ。ともかくパンにかぶりついてみる……。んー。見た目は似ているが、ヴィッキーのはロンリープラネットのよりも具材も少なく、味の奥行きという点で劣っているように思えた。シンプルというか深みがないというか。ロンリープラネットのはもっとふわーっとしていて優しく包み込まれているような味がするのだ。俺にはさっき食べたオムレツの方がうまく感じた。

よって、ヴィッキーに渡されたノートに『向かいの店のオムレツの方が美味しいですね!』と俺は書いてやったのだ。
感想書いたよ!と言いながらニッコリ彼にノートを手渡す。もっと誠実な商売しろやヴィッキー!!
そうして、俺はまた市場を探索してみることにした。










ジョードプル5に続く。