バラナシ10・ガンジス河の朝日

朝5時に目を覚まして下の階のYuiとFannyを起こしに行くと、既に彼女らも起きていた。慌しく準備を終えてGHの階段を駆け下りる。



目的は日の出を見る事だ。これもFannyが言い出した事なのだが、ガンジスの河の向こうから顔を覗かせる朝日は美しいのだと言う。
ガンジスのガートの様々な場所にロープで繋がれている幾艘ものボート。これは対岸に渡してくれたり、河の中心からバラナシの街並みを眺めさせてくれるのを生業としているインド人のボートなのだが、ガンジスでの初の朝日をこのボート上、つまり河の上から眺めようと言う事になったのだ。




(早朝から沐浴をするインドおっさん達)


息を切らしてGHを出たが、うーむしかし、どうやら起きるのが少しばかし遅かったかな。空は白み始めていて夜明けというより早朝だった。曇っていて、そもそも今日の天気でははっきりとした日の出は見られなかったかもしれない。
とりあえずダシャーシュワメード・ガートの辺りに出ると、大勢のインド人が色々なガートで沐浴を始めていた。



「せっかくだからボートに乗ろう」


Fannyが近くのボート漕ぎに声をかけた。3人で100ルピー。不安定に揺れるボートに腰掛けると、ゆっくりとボートは漕ぎ出された。河の真ん中辺りまで来て、バラナシの街を振り返る。
横並びに街ができているバラナシでは普段向かいからガートを見る事はできないだけあって、これが中々壮観だった。薄桃色に包まれた世界の中に城の様な装飾や、原色の塔が並び立つ。わずかに灯る街灯と生活の灯がやけに眩しく見えて、耳にはギィーコ…ギィーコ…という櫂が水を掻き分けてゆく音が聞こえる。



静かだ。いや、櫂の音も寺院の鳴らす鐘の音も、河の波打つ音も聞こえる。だが感覚的に静かだった。FannyとYuiのぺちゃくちゃと楽しげに話す声も、聞こえるが意識の外にある。今、遠くにいるんだなと思う。自分が住んでいる日本の日常とあまりに何もかもが違いすぎて、今目の前の現実が瞬間的に信じられなくなる時がある。
自分は今何をしているのか、本当に日本に帰るのか、どうしてここに来たのか、まかり間違ってここに住んだらどうなる?そんな事を頭によぎらせ、考えさせるのに十分なほどの哲学めいた空気を、ガンジスはたたえていた。




(集団で沐浴中のインド人。女性はサリーのまま河に入る)



「あ…あれは何…?」

Yuiが怪訝そうにやや離れた所に浮かぶ何かを指差す。




「デッドマン……」 ボート漕ぎがこともなげに呟いた。

それはパン一で仰向けに浮かび、悠久の河の流れに流されてゆく水死体だった。ガンジス河では水葬として死体を河に流す事があると聞くが、そういうものではない。それは明らかに河で泳いでいた人のものだ。
脚が突然吊ってしまったのか、流れの激しい場所があったのか、それはわからない…だからこんな広い河の真ん中とかまで泳いでいくとか危ないだろって思ったのによー。


死体はボートを横切ると、見る見る間に後方に小さくなってゆく。不思議なことに、なんともいえない気持ちにはなったものの、重大さを感じなかった。
だってそうだろう。例えば自分の住んでいる街の河にある日突然死体が流れていたら、そりゃ大ニュースになる。しかしここバラナシでは、そんなことはさも日常茶飯事と言うかのような雰囲気で、別にボート漕ぎも周りを漕ぎ行く他のボートも、誰もそんなことを気にしていないのだ。
昨晩の死者のガートの燃え盛る炎を思い出した。そうか、この街では生と死がごく当たり前に並列に受け入れられている街なのだ。と、そんなことを思う。



『おお……なんだ、今からだったのかよ!』


FannyとYuiが声を上げた。バラナシの街の対岸のずっと向こう、グレーの空と大地の間に、小さく、しかし赤々とした朝日が顔を出すところだった。



「ホーホホ、ビデオタ〜イム!w」

思わずカメラのビデオを向けた俺をFannyが茶化す。あったりまえだろう。こんなにインパクトの強いインドの街で、ガンジスの流れに揺られながら朝日が昇るのを見ている。こんな瞬間を味わいたくて旅行をするのだ。



決して壮大でも、めちゃめちゃキレイな朝日でもない。しかし俺はバラナシの朝日を眺める事ができた!!眠気がわずかにただよう薄ぼんやりとした意識の中で、確実な満足感があった。



さてバラナシ二日目だ。この日も俺はこの街で色々な変人と出会うことになる。



ちょっと休んでいたが、バラナシ編11に続く。目指せ年内完結!



(河に流す蝋燭付き花を売る少年)