バラナシ15・プージャ2 〜ワーシャードマリー

夕方になり、俺は再びプージャを見に行くことにした。

夕暮れどきになるとぽつり、ぽつりとバラナシ中から人がステージのまわりに集まり出してくる。昨日は人が多すぎて近くで見ることができなかったが、早めに行ったお陰でステージ左の前列の席を確保することができた。




プージャ待ちの間暇だったので、同じように開催を待っているインド人の写真を撮っていた。すると、俺のすぐ右後ろに座っている少女と老婆が目についた。
少女は小学生くらいだろうか。隣の老婆が保護者っぽい。彼女だけでなくぽつぽつと子供がいるにはいるが、その中で目をひかれたのにはわけがあった。



その子の顔立ちがインドの人気ある神・シヴァ神の絵に似ていたからだ。



シヴァ神の絵)

メガテンでもお馴染みのシヴァ神はバラナシ、インドではその絵をよく見かける。黒髪の長髪に、悟りを開いたようなどこか遠くを見るような眼が特徴。俺の席の近くのその少女の眼も、そんな眼をしていた。写真を撮ってみたいなと思った。




『あ〜…あなたの名前はなんと言いますか?』


「え、私?………ード・マリー」 『ごめ、もう一回』


「……シャード・マリー」


『ワッチャード・マリー?』



「ちっがう!!ワーシャード・マリー!!」




いかん怒らせてしまった。インド人の名前は聞き取りにくい。どうやら彼女は11歳。バラナシに住んでいるのではなく、祖母とバラナシのフェスティバルを見に、初めてここまでやってきたのだという。
聖地バラナシのプージャを見て、聖なる河であるガンジスに沐浴していく。彼女らのようなインド人はきっと多くいるのだろうな。


時間はちょうど昼と夜をまたいだ頃。人が集まりだした夕方から、マジックアワーを経て日没へ。辺りが途端に暗くなってゆく。座席の前の石造りのステージに、オレンジとクリーム色の袈裟をまとった僧達が現れる。




昨日と同じようにプージャが始まった。



ステージの脇からオレンジの袈裟の僧達が現れ、宗教歌とともに鈴を鳴らし香を焚く。先程まで騒々しかったギャラリーのインド人達も静かに魅入っている。




観客はガート側だけではなかった。この時間の少し前になると、河に停泊していたボートは河側からもプージャを見られるように人を多く乗せてステージの奥に船をつける。河とガート、両方からの多くの視線に注目されながら、暗いバラナシの夜を幾多ものステージライトがそこだけ別世界のように照らす。








ふと俺は傍にいるワーシャードマリーはどんな風にこの光景を見ているのか気になって視線を移した。




彼女は半ば放心したような、ぼうっとした熱っぽい眼差しでプージャを見つめていた。そうだ、自分にもそんな経験があったことを思い出す。子供の頃、神社やお寺は神聖な何かに思えた。畏れ敬わなければならない対象に思えて。




ワーシャードマリーが、恐らく無意識に胸の辺りで手を組んだ。祈りを捧げるような、それを見て、俺はすぐにこの瞬間をカメラに収めなければと構えた。




初めて見たプージャ。暗闇の中に輝く厳かで神聖な僧達の祈祷。彼女はきっと願いをかなえて欲しいという何の打算もなく、ただただ畏れ敬う意識の中で、自然発生的に手を組み祈った。


それは無垢なる祈りだ。





俺はそんな瞬間を撮りたくて、極力静かにカメラのシャッターを切った…。






『……あれ?』




辺りが暗すぎて画像がブレブレになっている!!
うわっ待て!こんなシャッターチャンスは滅多にないんだぞ。これを撮らなきゃどうするというのか。フラッシュ焚く?いやこのシチュエーションで焚けるわけもない。

暗い場所ではカメラが光を取り込もうとするためにシャッターを開く時間が長くなる。その為に三脚などで固定しないと手持ち撮影では写真がぶれてまともに写りにくくなってしまうのだ。


俺は焦った。数回シャッターを切ったがやはりぶれている。最後の手段として画像の感度を上げてシャッタースピードを上げる手段に出た。これをするとスピードはある程度確保できるが、その代償として画像が荒くなってしまうのだ。


それで撮った写真でさえ若干ぶれてはいたが、まあなんとか許容範囲の写真が一枚だけ撮れた。ワーシャードマリーはその間、変わらずプージャをじっと見つめ続けていた…。



                       ※


プージャがラストを迎え、集まった人々は家に帰ってゆく。マリーも満足したような顔をして祖母に連れられて雑踏の中に消えていった。俺も引き上げるべくステージを後にした。fannyとyuiと、食べにいけたら夕食を食べにいこうと約束をしていたんだった。




フレンズゲストハウスの自室に戻ると、まだ彼女たちは帰ってきていないようだった。俺はシャワーを浴び一休みした。時刻は午後8時を回っている。昨日だったらとっくに帰ってきている時間だ。1時間ほど時間を置いて、もう一度部屋のドアをノックしてみる。無言…。はて?おかしいな……。夕食に行こうと言われてたと思ったのだが……。は!!



そこで俺はある考えが閃いてしまった。


プージャといえばバラナシのみどころである。fanny達が大学を見に行った帰り、ちょうど開催時刻だったということも考えられる。彼女達はホテルに帰ることなくそのままプージャを見ていくことにした。すると、遠くにVESがいるではないか。声をかけようとするも、VESは幼女を慌てて写真を撮っている!!



[キャーヤダーーVESってばロリコンだったのよ!!!!](叫)


ホテルの自室に戻った彼女らはこういう


[VESと一緒になんかご飯行けないわよ!部屋来てもガン無視よガン無視!!]








………。











『ちっ、ちっがーーう!!あれは奇跡の瞬間をカメラに収めたくて!無垢なる祈りで!!いやつまり俺はロリコンなどではなくっ…!!』





ということを英語でなんと言えば通じるのか、などと考えつつ、俺は絶望したwドアの奥からは相変わらず返事が返ってこない。でも、いくらなんでもおかしいのだ。昼に大学に行ってこの時間まで帰ってきてないということがありうるだろうか。


俺は自室のベッドにダイブすると、違うんだぁぁと言いながら枕相手に悶絶した。相変わらず俺の部屋のドアは誰かが訪れる気配は微塵もなかった。




バラナシ16に続く。